静岡地方裁判所 昭和52年(ワ)501号 判決
原告
望月富代
同
望月基次
右両名訴訟代理人
平井廣吉
外一名
被告
株式会社日本交通公社
右代表者
長瀬恒雄
被告
株式会社富士ツアー
右代表者
久保田睦海
右両名訴訟代理人
風間克貫
外二名
主文
一 原告らの請求を、いずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実
第一 申立
一 原告ら
別紙(一)の第一のとおり
二 被告ら
主文と同旨の判決を求める。
第二 主張
一 請求原因
別紙(一)の第二のとおり
二 被告らの答弁
(一) 請求原因一、二の(1)、(3)、四の(一)の(1)、(3)、六の各事実は認める。
(二) 同二の(2)、三の(一)、(二)、四の(一)の(2)の各事実は否認する。
(三) 同四の(二)、五の各事実は知らない。
(四) 同三の(三)ないし(六)は争う。
(五) 別紙(二)の一、二のとおり。
三 抗弁
別紙(二)の三、四のとおり
四 原告の答弁
抗弁をすべて争う。
五 再抗弁
別紙(三)のとおり
六 被告の答弁
別紙(四)のとおり
第三 証拠〈省略〉
理由
一請求原因一、二の(1)、(3)、四の(一)の(1)、(3)の各事実は当事者間に争いがない。
二原告らは、昭和四九年一一月二日ころ、原告富代と被告らとの間に、同原告をマニラ市及びその周辺において自動車によつて運送する旨の請負契約が成立した旨主張するが、〈証拠〉によつても右事実を認めるにたりず、他に右事実を認めるにたる証拠はない。
したがつて、本訴請求のうち、右請求原因とするものは、その余の点を判断するまでもなく失当である。
三次に、原告らは、本件事故を起したバスの保有者であるラムス・ツア・バス・カンパニー(以下ラムス・ツアという)が被告らの被用者であるとして、本訴において被告らに対し、民法七一五条にもとづく請求をし、被告らと右ラムス・ツアとの関係に関する事実として被告交通公社がバロン・トラベル・コーポレーション(以下バロントラベルという)に対し、フィリッピンでの観光バスの予約等を依頼し、右バロン・トラベルがさらに右ラムス・ツアに対し観光バスによる原告富代らの運送を依頼した旨を主張している。しかしながら、仮に右各依頼の事実が認められたとしても、それだけでただちに被告らと右ラムス・ツアとの間に民法七一五条に規定する使用関係があるということはできず、他に右使用関係の存在を認めるにたる事実の主張立証はない。
したがつて、本訴請求のうち、民法七一五条による不法行為を請求原因とするものも、その余の点を判断するまでもなく失当というべきである。
四よつて、原告らの被告らに対する本訴請求は、いずれも失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。
(大見鈴次)
別紙(一)
第一 請求の趣旨
被告らは、各自
(一) 原告望月富代に対して金二、一八四万四、〇二八円及びこれに対する昭和四九年一一月一〇日から支払ずみまで年五分の割合による金員
(二) 原告望月基次に対して金一〇〇万円及びこれに対する昭和四九年一一月一〇日より支払ずみまで、年五分の割合による金員
を支払え。
訴訟費用は被告らの負担とする。
との判決並びに仮執行の宣言を求める。
第二 請求原因
一 被告らはいずれも旅行業を主たる目的とする株式会社である。
二 (1)原告富代は、(2)被告株式会社日本交通公社(以下交通公社という)及び被告株式会社富士ツア(以下富士ツアーという)の共同主催による(3)フィリッピン旅行の募集に応じて昭和四九年一一月八日に東京羽田空港から被告交通公社のチャーター機に塔乗してフィリッピン国マニラ市に行き、右被告両会社募集の団体客一行とともに富士友の会マニラツアーの観光旅行に参加して行動を共にした。
三(一) 右のように、本件において、被告両社は、共催で、富士友の会マニラ・ツアーを企画して一般募集をし、原告富代は、昭和四九年一〇月下旬ころ右募集に応じたものである。
(二) 右により、原告富代と被告らとの間において、被告らがチャーターした飛行機(特別機)によつて、原告富代を日本とマニラとの間を往復とも輸送し、マニラ市及びその周辺において、被告らの指定する見学場所を被告らのチャーターする自動車を利用して見学させ、被告らの指定するホテルに宿泊させる等一連の行為を請負い、右旅行中被告両社の派遣した添乗員の指示誘導によつて行動させることとし、原告富代は、昭和四九年一一月二日にその経費を支払つて右契約が成立し、これにより、被告らは、原告富代に対し、右契約の本旨に従つて、安全にマニラ観光旅行を行わせる義務を負担したものである。
(三) ところで、被告らと訴外バロン・トラベル・コーポレイション(以下バロン・トラベルという)との関係についてであるが、被告交通公社とバロン・トラベルとの間は準委任の契約関係であり、被告交通公社は、バロン・トラベルに対し、フィリッピンでの観光バスの予約等を依頼していた。右のことからして、バロン・トラベルは、被告らの原告富代に対する前記契約上の義務履行を補助するいわゆる履行補助者である。
(四) また、バロン・トラベルから観光バスの予約を受け本件事故を起した訴外ラムス・ツアー・バス・カンパニー(以下ラムス・ツアーという)は、被告らの復履行補助者であると見るべきである。
(五) 一般に、債務不履行においては、債務者自身の故意過失のみならず、その履行補助者の故意、過失に基づく行為についても、債務者はその責任を負う旨解されている(最判・昭三〇・四・一九・民集九・五・五五六等)。本件において、原告富代は、被告らの復履行補助者であるラムス・ツアーのバス運転手の過失により本件損害を被つたものであるから、被告らはその損害を賠償すべき義務があるものというべきである。
(六) また、本件交通事故は、被告らの履行補助者である前記ラムス・ツアーのバス運転手の業務上過失によるものであるから、被告らは、債務不履行と同時に、民法第七一五条に基づき、不法行為による損害賠償責任をも併せて負うものと思料するので、原告は、被告らに対して、債務不履行による損害賠償と、不法行為に基づく損害賠償とを、選択的に主張するものである。
四 事故の発生
(一) (1)原告富代は、昭和四九年一一月九日に、団体客三〇名とともに、(2)被告交通公社がチャーターした(3)ラムス・ツアー保有の自動車(バス)に乗り、マニラ南方六〇キロの景勝地タガイタイの観光に行き、その帰路右自動車に乗つてマニラ市に向かい、同日午後三時四五分ころ、タガイタイよりマニラ市に向かつて二五キロの地点において右自動車がトラックに追従して時速約八〇キロで走行中、前車が速度を緩めたため、右トラックに追突した。
なお、バロン・トラベルは、その取扱業者として、右自動車運転の取扱いをしたものである。〈後略〉
別紙(二)
一 原告富代と被告交通公社間のいわゆる旅行契約成立の経緯
(1) 本件「フィリッピン四日間の旅」と称する団体旅行は、被告交通公社海外旅行新宿支店が昭和四九年六月頃企画・立案し、先ず一定の参加人員を見込んで、航空機の予約、現地の運輸(バス旅行等)・宿泊機関、その他の旅行サービス提供機関についてのサービス提供の確保を得た。
(2) そして、その集客の為に、同年初め頃、当時、右支店の右企画の担当社員であつた安田貢(以下、単に「安田」という)が、同じ旅行業界の個人的知合で、被告富士ツアーの社員であつた訴外黒瀬迪隆(以下、単に「訴外黒瀬」という)に、右企画の話をもちかけた。
(3) 訴外黒瀬は、ちようどその頃、被告富士ツアーのお得意先を中心に、旅行愛好者の集まりである「富士友の会」を組織化していたところから、富士友の会において、右企画の参加者の募集を扱うことにした。そこで、被告交通公社海外旅行新宿支店において、旅行条件を確定した上、旅行内容とともに、それらを記載した集客用のカラーパンフレットを作成し、訴外黒瀬に渡した。
(4) 原告富代も、右富士友の会の関係で参加したものである。
(一) すなわち、同年七月下旬頃、訴外黒瀬は、遠い親戚筋に当り、かつ以前に国内旅行の世話をしたことのある理研工業株式会社社長吉田晴彦(以下、単に「訴外吉田」という)に右企画の旅行内容・旅行条件等を記載した右カラーパンフレットを持参し、旅行内容及び取扱いは被告交通公社海外旅行新宿支店が行なう旨説明し、右企画への参加を求めた。その際、吉田社長の知合いに参加希望者がいるときは、その氏名等の細目を記入して送つてくれるよう頼んで、右カラーパンフレット及びお伺い書(旅客の氏名・住所・年令等細目を記載する個人別カード)一〇枚位を右訴外吉田に渡しておいた。
(二) 同年九月の終り頃、訴外吉田から、自分は忙しいので妻(訴外吉田和代)を参加させるが、女一人では淋しいので、理研工業株式会社のお得意様を招待して一緒に行かせる旨の返事があつた。
そして、同年一〇月初めに、訴外吉田より同人の招待客は原告富代である旨の連絡があり、次いで原告富代から直接友の会宛、所要事項の記入された前記お伺い書と旅券申請に必要な戸籍抄本、住民票、写真等が郵送されてきた。
(三) その後、同年一〇月一八日に、訴外吉田から訴外黒瀬を介して、原告富代の分も含めて二人分の旅行費用が被告交通公社に支払われた。
二 いわゆる「旅行契約」の法的性質
(1) 右に述べた経緯で、原告富代と被告交通公社の間に、いわゆる「旅行契約」(以下、「本件旅行契約」という)が成立した訳であるが、原告らは、本件旅行の内容について、被告交通公社自身が、「原告富代を日本とマニラとの間を往復とも輸送し、マニラ市及びその周辺の見学場を自動車を利用して見学させ、ホテルに宿泊させる等一連の行為を請負つた」旨、主張している。しかし、原告らの右主張は、次に述べるように、何ら根拠のない独断に基づくものである。
(2) 即ち、契約内容は、本来、個別・具体的な契約当事者間の契約締結当時の合致せる意思内容によつて確定されるのが、私的自治の一般原則である。
しかしながら、現代社会にあつては、取引量が大量になり、取引内容が複雑化してくるに従い、ある分野においては、専門業者において、あらかじめ契約内容を画一化・定型化することにより、取引を迅速・的確に処理することが必要となつてくる。そこにおいては、前述した私的自治の原則は、修正をうけ個々の客の具体的意思とは別に、先ず、一律にその契約関係に従わなければならないことになる。このあらかじめ定められた一般的な契約条項が、いわゆる「普通取引約款」と呼ばれるものであり、旅行業界においても、旅行業法第一二条の二により、旅行業者は約款の制定を義務づけられ、その内容の合理性を担保するため、運輸大臣の認可が要求されている。従つて本件旅行契約の内容も、被告交通公社が定め、運輸大臣の認可をうけた旅行約款(以下、単に「約款」という)によつて決定されなければならない(尚、この約款は、社団法人日本旅行業協会の作成した標準約款に従つたものである)。
(3) しかるときは、約款はその第二条で、被告交通公社と旅客との間の法律関係を明確にするために、旅行契約を(一)主催旅行契約、(二)手配旅行契約、(三)情報提供契約、(四)その他の旅行契約の四種類に類型化し、その上でその法律的性質を明らかにしている。
そして、本件旅行契約は、前述したように被告交通公社が「あらかじめ旅行日程、旅行条件、実施月日及び販売価格を定め、」参加者を募集したものであるから、約款第二条(1)にいう「主催旅行契約」に該当する。従つて、被告交通公社が、原告富代に負担した債務内容は、抽象的には「(イ)運輸機関、宿泊機関、その他の旅行サービス提供機関の旅行サービスの提供に関し、包括して代理・媒介又は取次をすること」及び「(ロ)(イ)に付随して、旅行者の案内、旅券の受給手続の代行その他旅行者の便宜となるサービスを提供すること」のみである(約款第二条(1)(イ)、(ロ))。
(4) これを本件旅行契約に具体的にあてはめて考えてみよう。前述したように被告交通公社は、相当数の旅客の参加を見こして、あらかじめ旅行内容と日程を企画・立案し、その案にしたがつて各種の運輸機関、宿泊機関その他の旅行サービス提供機関の手配を完了したうえ具体的に参加者を募つたところ、全部で一二五名の参加者を得たのでツアーを実行したものである。本件事故はこの旅行日程中に偶発した。そこで、この現実に行われた旅行における原告富代らと被告交通公社との関係を法律的に分析してみると、(一)東京―マニラ間の往復の航空輸送について、航空運送代理店でもある被告交通公社が、フィリッピン・エアラインの代理人として参加者らとの間に貸切航空運送契約を結び(旅行業者が、航空会社の代理人となることについては、国際航空運送協会―IATA―の統一約款による。)、更に被告交通公社が参加者らの為に自己の名をもつて、(二)マニラのロイヤルホテルと宿泊契約を、(三)マニラのバス会社(被告ラムス・ツアー)と旅客運送契約を各締結し「尚、(二)(三)についてはフィリッピン国の旅行業者である訴外バロン・トラベル・コーポレーション(以下バロン・トラベルという)の取次を経由して契約を結んだ。)、旅行計画に従つた各種旅行サービス提供機関を一応確保しえた後において、(四)被告交通公社は、各参加者らとの間に、右旅行計画に従つた包括的な代理、取次の委託と各種旅行サービス提供機関相互間の円滑な結合の為の添乗員サービスの請負の契約を結んだものといわなければならない。原告富代の場合には、前述したように、昭和四九年一〇月初めに郵送による申込みがなされ、同月一八日訴外吉田から旅行費用の払込みがなされたことにより、(四)の契約が成立したものである約款第五条)。
(5) かように、一口に「主催旅行契約」といつても法律的には、右に見てきた如く、種々の契約関係の積み重ねによつて構成されているのであつて、その複雑性ゆえに、前述したように、運輸省の監督下に、約款による画一的・定型的規律を必要とする訳である。従つて、原告らの運輸・宿泊等の行為それ自体を一括して被告交通公社自身が請負つたとの単純・素朴な主張は、かような旅行業に対する認識不足を示すものに他ならない。
三 本件交通事故についての被告交通公社の責任
(1) 右に詳述した本件旅行契約の内、交通事故に関係する貸切バスによるマニラ市内及び景勝地タガイタイの見学の面に限定して、これを取りだせば、被告交通公社は原告富代らの為に自己の名をもつて、現地の旅行業者である訴外バロン・トラベルにバス輸送の取次を委任し、訴外バロン・トラベルが原告富代らの為に、自己の名をもつて訴外ラムス・ツアー・バス・カンパニー(以下ラムス・ツアーという)と旅客運送契約を結んだものである。従つて、被告交通公社は、原告富代らと現地のバス会社訴外ラムス・ツアーとの間を取次いだにすぎない(商法第五五八条、五五一条)。
(2) 原告らは、被告交通公社が、旅客運送それ自体を請負つたものと誤解し、旅客運送人としての責任を求めているが、被告交通公社が、原告富代らに請負つた内容は右に述べた意味での「取次行為」のみである。そして被告交通公社はフィリッピン国における最も信用のおける旅行業者である訴外バロン・トラベルの取次により、フィリッピン観光省の認可をうけた訴外ラムス・ツアーを原告富代らに取次いだものであつて、その間には、何らの過失もない。
従つて、仮りに本件交通事故について当該運転者に何らかの過失があつたとしても、被告交通公社としては、右に述べたように、自己の負担した取次をなすべき債務をその本旨に従つて履行している以上、何らその責を負うべき理由はないものである。
(3) かように、旅行業者は旅客に対し、各種の運輸・宿泊・その他の旅行サービス提供機関のサービスを簡便に利用しうるように、その間にたつて代理・媒介・取次を行う債務を負担するにすぎないことから、右代理・媒介・取次行為自体に過失のない以上、第三者である運輸・宿泊機関等の過失については、責任を負わないことは法理上当然であつて、かかる旅行業の本質に基づいて、約款第一四条第一項も、「直接」被告交通公社の故意・過失による損害についてのみ責を負う旨、明らかにしているのである。そして、約款の右規定は前述した訴外吉田を介して原告富代に渡されたカラーパンフレットにも明記されており、かつ、その趣旨は、旅行出発約一〇日間前位に原告富代に便送した案内書中の旅行条件書にも記載されており、当然、旅行者において了知していなければならないものである。
四 原告の履行補助者論に対する反論
(1) 本件旅行契約の法的性質が右に詳述してきたところである以上、訴外ラムス・ツアーが被告交通公社の履行補助者でないことは、明白である。
(2) また、仮に、原告らの主張するように本件旅行契約により、被告交通公社自身が原告富代らを安全に運送すること自体を請負つたものとしても、訴外ラムス・ツアーは、被告交通公社のいわゆる「真の意味の履行補助者」にはあたらない。
即ち、訴外ラムス・ツアーは、被告交通公社とは別個独立の企業体として原告富代らの運送債務の全部について履行を引きうけたものであるから、いわゆる履行代行者である。そして、被告交通公社がかかる履行代行者を使用しうるのは、前述したように旅行業がいわゆるアツセンブリー産業として各種の運輸・宿泊、その他の旅行サービス提供機関のサービスを統一かつ簡便に旅客に提供することを本質としていることから当然に導かれるのであつて、旅行業法第二条、約款第二条においてもそれらを当然の前提として許容しているのである。
従つて、旅行業者においては、かかる履行代行者の利用が積極的に許容されている場合にあたり、その選任・監督に過失のない限り、履行代行者の過失について責任は負わないというべきである。然るときは前述したように、訴外バロン・トラベルはフィリッピン国において最も信用のある旅行業者であり、かつ、訴外ラムス・ツアーはフィリッピン政府観光省の認可を受けた観光バス会社であり、いずれも被告交通公社には選任・監督に過失はなく、原告主張の一括請負契約論を前提にしても何ら責めを負うべき理由はない。
(3) 仮に、百歩譲つて、訴外ラムス・ツアーが被告交通公社のいわゆる「真の意味の履行補助者」であるとしても、原告富代は、前述したように交通事故については、被告交通公社は何らの責めも負わない旨を明記カラーパンフレット記載の旅行条件を了知した上で、本件旅行契約に申込んでいるのであつて、かかる免責特約からいつて、被告交通公社には、何らの責任もないといわねばならない。
別紙(三)
一 被告らは、旅行約款及びカラーパンフレットの記載によつて、本件交通事故について免責をえている旨主張するが、仮に被告主張のような免責約款があるとしても、右主張は次に述べるようにとうてい認容されるべきものではない。
(一) 被告らの援用する旅行約款第一四条一項及びカラー・パンフレットの記載によれば、被告交通公社は、旅行契約の履行にあたつて、直接被告会社の故意・過失によつて損害を加えた場合はその旅行者が直接受けた損害を賠償する責めに任じる旨規定されている。
(二) 前記のように、被告交通公社は、原告ら本件団体旅行の参加者に対して、安全にマニラ市内等の観光旅行をさせるべき義務を負うものであり、本件事故は、その義務の履行補助者として被告交通公社が選任したバス会社の運転者の過失によつて生じたものであるから、被告ら自身の過失もしくはその責めに帰すべきものというべく、被告らは当然にこれによつて生じた損害の賠償責任を負うものである。
(三) 被告両会社が派遣した添乗員は、あらかじめ定められた旅行日程上団体行動を行うために必要とする業務をサービスの内容としており(約款第一六条第三項)、また、旅行者は添乗員の指示に従わなければならないことになつているのであり(同条第五項)、そのための添乗員として、原告富代が指定されたバスには被告富士ツアーの社員である前記訴外黒瀬迪隆が配置されていたのである。
本件事故は、原告富代が右添乗員黒瀬の指示に従つて行動している間に、そして同人のサービス提供時間帯である八時から二〇時までの間(同条第四項)に生じているのである。
二 ところで、東南アジア等いわゆる開発途上国に団体旅行に行くことは、その国の治安状況や道路・交通事情・自動車運転者の安全運転能力の有無等客観的にみて、日本国内あるいは他の先進諸国内と比較して危険度が高いばかりではなく、一たび事故が生じた場合に、当該運転者またはその雇用主である外国の運送業者が果して賠償能力があるかどうかを判別することは、日本人である一般の参加者にとつては不可能のことであり、仮にこれらの者に賠償能力があるとした場合であつても、これら外国人または外国会社を相手方として賠償請求することは一般には極めて困難なことであり、したがつて、このような外国旅行には、このような点からも危険を伴うものというべきである。
三 一方、被告交通公社は日本国内有数の旅行業者であり、被告富士ツアーもまた公認された旅行業者であつて、このような業者が営利行為として右のような危険を伴う海外団体旅行を企画・立案し、有料の参加者を募集して団体を作りこれを実施する場合には、一般大衆は、万一の場合は被告らのような業者が責任をもつて対処してくれるものと信じてその募集に応じるのが普通である。
四 このような海外団体旅行の実施中に、外国会社の経営する航空機または自動車等による輸送中において万一事故を生じた場合に、当該旅行の主催者である旅行業者(被告会社ら)が、直接自己の従業員の手によつて起こされた事故による場合のほかは、参加者に加えられた損害の賠償義務が免除されるというような契約内容であるとするならば、このように企業者責任を無視して、参加者である不特定多数の者らに危険の全部を負担させるというような契約は公序良俗に違反して無効のものというべきである。
別紙(四)
一 仮に、原告ら主張の如く、東南アジア等への旅行が国内旅行に比して多くの危険を伴うものであるとしても、被告交通公社は、前述したように、本件旅行を計画するに当つては、フィリッピンの国内事情等を十分調査した上で、十分に信頼のできる運輸・宿泊等の旅行サービス提供機関を選定し、手配することにより、旅行者の安全を十分にはかつているのであつて、その選定・手配の過程に何らかの過失があつたというのであれば、当然、被告交通公社はその責任を負うが、それ以上に、選定・手配した運輸機関が、偶々おかした過失については、予見不可能であつて、被告らが責任を負う理由は、法理上、全くない。
二 また、仮に、原告らの主張する履行補助者論を前提にすれば、前記約款の規定は、被告交通公社は、履行補助者の故意・過失については責任を負わないという特約を意味することになるが、かかる特約が有効であることは、一般に承認されているところである。